2026年1月1日木曜日

神さまが何を望んでおられるかを知る

聖書箇所:ローマ人への手紙12章2節

「何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、

かつ全きことであるかを、わきまえ知るべきである。」

ローマ人への手紙122

1.みこころを知る理由

神さまのみこころを知る理由は、そのみこころの中を歩むためです。世と世の欲を中心に生きる歩みは滅びに向かいますが、神さまのみこころを行う者は神さまとの永遠の交わりに生かされます。神さまは祈りをきいてくださるお方です。ただしみこころにかなわないことにまで応えてくださるわけではありません。だから私たちはみこころを求めつつ、神さまの時を信頼し、また期待して待ち望むのです。

2.世と妥協してはならない

聖書は、神さまのみこころを知るためにこの世と妥協しない、世に調子を合わせないようにと勧めています。私たちはかつて世の価値観に流されていて、今もその影響を受けやすい者です。しかし、キリストを信じた者の内には聖霊がおられます。世の影響は肉の思いとして働きますが、聖霊はそれに逆らって働かれます。そしてパウロは「心を新たにすること」で世と妥協しない歩みが可能になるといいます。

3.心を新たにすること

信じた瞬間、私たちの霊は罪の赦しとともに完全に回復しますが、心はすぐには一新されません。世の影響や肉の欲が残るからです。しかし聖霊を意識して歩む中で、心は徐々に新しくされ、考え方や生き方が神に喜ばれるものへ変えられていきます。そうすれば、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかという神さまのみこころを、わきまえ知ることができるようになります。

2026年元日礼拝より

2025年12月28日日曜日

私たちに働き続ける神

聖書箇所 コリント人への第一の手紙318-23

そして、あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものである。Ⅰコリント323

1.自分を欺くとは

コリント教会では派閥争いによって、神の群れとしての歩みが妨げられていました。人は罪の影響で自分の本当の姿が見えなくなり、自分の知恵や正しさを誇ってしまいます。コリントの人々も人の知恵に頼り、自分たちは正しいと思い込んでいました。パウロはそれが「『自分を欺く』恐ろしい姿だ」と言います。そして神さまの前に罪ある者として、へりくだって歩む必要を教えています。

2.人の知恵と神の知恵

パウロは、コリントの人たちがこの世の知恵を誇るのではなく、神の知恵に生きる者となることを願っていました。この世の知恵は罪の影響で、見た目は良くても神の前では愚かなものなのです。罪の解決がないままでは、そこから生まれる実もまた罪の実となります。パウロは、この世から来る人の知恵を誇らずに、聖霊によって与えられる神の知恵ですべての判断をする歩みへと導いています。

3.すべては神の栄光のため

パウロは、信仰者の霊的成長のためのすべてが、神さまから与えられていると語ります。指導者も、世界の出来事も、生も死も、すべては神さまが信仰者の成長のために用いられているのです。そしてそれは私たちがキリストのものであり、神さまの栄光を現す存在だからです。神さまは私たちの霊的成長のために、あらゆることを通して私たちに働き続けてくださっています。私たちはその恵みを信頼し、神さまの栄光のために歩むように招かれているのです。

20251228日 週報より

2025年12月21日日曜日

遠い昔からの神のご計画

聖書箇所:イザヤ書431-7

恐れるな、わたしはあなたをあがなった。わたしはあなたの名を呼んだ、あなたはわたしのものだ。 イザヤ書431

1.恐れる民

イスラエルの民は神さまから心が離れて、強国アッスリヤの脅威を恐れていました。神さまは預言者イザヤを通して神に立ち帰るよう語られましたが、民は聞こうとしませんでした。それでも神さまは、不安と恐れの日から民を解放すると約束されました。その約束はイエス・キリストによって実現します。これが神さまのご計画であり、このイエスさまのご降誕を祝うのがクリスマスなのです。

2.何を恐れるか

私たちが本当に恐れなければならないのは、争いや死そのものよりも、死後になされる神さまの裁きです。その裁きでは小さな罪も見逃されません。人のせいにしてしまう自己中心も罪とされます。人は皆そのままでは天の御国に入れないのです。そのために神さまはイエスさまをお送りくださいました。イエスさまの十字架は、どんな罪にも有効であり、信じる者にはすべての罪が赦されるのです。

3.恐れるな

マリヤは結婚前に神さまによってイエスさまを身ごもりました。当時、結婚前の妊娠は死刑というきまりでした。命の危険がある中でも、マリヤは御使いから「恐れるな」と告げられ、神さまを信頼し、神さまにすべてを委ねました。この「恐れるな」は、マリヤだけでなく、イエスさまを信じるすべての人への言葉です。イエスさまにつながる者は、神さまのご計画に入れられます。それは一人ひとりにとっての喜びの計画であり、神さまの完全な守りと平安の中に生かされる歩みです。だから恐れる必要はありません。

20251221日 週報より