2026年6月14日日曜日

祝福ある献げもの

聖書箇所 コリント人への第一の手紙98-14

もしわたしたちが、あなたがたのために霊のものをまいたのなら、肉のものをあなたがたから刈りとるのは、行き過ぎだろうか。Ⅰコリント911

1.脱穀をする牛の話

パウロは、使徒が献金で支えられることは、「脱穀をする牛にくつこを掛けてはならない」と言われる神さまの定めだと言います。しかしパウロは自らの権利を主張するためにこの話をしたのではありません。神さまは福音を宣べ伝える者、またそれを支える信徒の両方を顧みておられるのです。それぞれがお互いに神さまに仕えるための恵みのしくみが献金であることを示していたのです。

2.霊をまいて肉を刈りとる

パウロは、御言葉を伝える働きを「霊のものをまく」と表現し、それに応えて信徒が献金などの「肉のもの」をささげることを神さまの定めとして語ります。献金は霊的奉仕者への報酬ではありません。信徒は神さまの恵みを受けた感謝を献げ、伝道者はみ言葉をもって仕えます。この関係が信仰によって受け入れるときにお互いともに神さまの祝福にあずかることになります。

3.献げものの意味

献金は、教会運営や伝道者の生活支援が目的ではなく、神さまへの感謝と献身のあらわれです。旧約時代、神さまへの献げものを神さまご自身が、祭司に分け与えられていました。献金も同様に神さまのものとして聖別され、神さまの御用のために用いられます。その一部が神さまからの恵みとして霊的奉仕者に与えられるのです。パウロは自らの権利を控えることで、コリント教会の人たちが神さまに心からの感謝と献身を献げられるよう導こうとしていました。

2026614日 週報より

2026年6月7日日曜日

自分の思いを越えて

聖書箇所 コリント人への第一の手紙91-7

あなたがたは、主にあるわたしの働きの実ではないか。Ⅰコリント91

1.反発を予想していたパウロ

パウロは、「偶像にささげられた肉を食べても信仰的には問題ないが、兄弟姉妹をつまずかせるなら控えるべきだ」と教えました。しかしコリント教会の人々の中に反発があることも予想していました。パウロの使徒としての権威や教えを疑う人々がいたからです。パウロは彼らが神さまへの信頼を回復し、聖霊によってみ言葉を受け取ることができるようにと願っていたのです。

2.自分の思いにとどまるコリントの人々

コリントの人々は自分たちの知識や考えにこだわり、人の弱さを語るパウロに違和感を抱くようになりました。自分の思いや感覚で判断していくと神さまの大きなご計画や祝福は受け取れなくなります。そうではなくて、自分の考えにこだわらずに素直にみ言葉を受け入れると信仰は成長していくのです。

3.使徒の権利を用いないパウロ

パウロには使徒として生活の支えを受ける権利がありましたが、それを用いませんでした。それは彼が使徒ではないからではなく、福音のため、そして人々をつまずかせないために敢えてそうしたのでした。肉を食べる自由を愛のために控えるのと同じように、自分の権利も愛のために手放しました。パウロは知識や正しさを主張するよりも愛の実践を大切にしたのです。神さまは私たちを「自分の権利」や「自分の正しさ」にこだわるのではなくて、相手のことを思って行動する歩みへと導こうとされているのです。

202667

2026年5月31日日曜日

愛の配慮で歩む

聖書箇所 コリント人への第一の手紙87-13

だから、もし食物がわたしの兄弟をつまずかせるなら、兄弟をつまずかせないために、わたしは永久に、断じて肉を食べることはしない。コリント813

1.愛の心で

コリント教会の人々は知識を重んじていましたが、兄弟姉妹を愛する心に欠けるところがありました。パウロは、信仰の知識だけでなく、弱い人への配慮を持つことの大切さを教えています。私たちの言葉や行動は周りに影響を与えるため、弱い人をつまずかせないために愛の心で配慮していくことの大切さが教えられています。

2.周りへの影響

信仰の弱い人は、周りの兄姉の姿を見ながら学んでいきます。そのため、信仰の先輩の言葉や行動が、良くも悪くも大きな影響を与えます。自分では問題ないと思うことでも、他の人にはつまずきとなることがあります。私たちはよく注意して、世の習慣に流されず、良い証しを意識して歩む必要があります。

3.弱い人のためにも

キリストは、弱く未熟な人のためにも十字架にかかってくださいました。だから私たちも、弱い人たちをつまずかないように、愛をもって配慮することが大切です。私たちは、一人一人弱いところ、また強いところがあります。また、その時々に強い時、弱い時もあるでしょう。そして弱さを覚えてイエスさまに頼れば強くされますし、また強いと思って高ぶればかえって弱くもなります。ということで、私たちは誰が強いか弱いかではなく、誰もが互いに愛し合う、愛の心をもって配慮し合う必要があることを教えられています。

2026531日 週報より