御心をわきまえ知る
聖書箇所 Ⅰコリント6章1-6節
わたしがこう言うのは、あなたがたをはずかしめるためである。Ⅰコリント6章5節
1.裁判所への訴え
教会の中の小さな争いを、すぐに世の裁判に持ち出してしまうのは、信仰者らしい姿ではないとパウロは言います。信じた者には聖霊によって、神さまの思いに従って考える力が与えられています。それなのに世のやり方ばかりに頼るのは、霊の人として成長していない姿だとパウロは指摘しているのです。
2.わきまえ知る
「わきまえ知る」とは、何が神さまに喜ばれることかを見分けることです。これは自分の努力だけではできません。聖霊が心を新しくしてくださるとき、私たちは神さまの御心を知り、それに従うことができるようになります。毎日の生活の中で、霊的な判断を基準にして歩むことが大切なのです。
3.恥ずかしくない者
教会の問題を世に持ち出しても恥ずかしいと感じないのは、霊的に鈍くなっているしるしです。霊的に判断をしていくとは、何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれかつ全きことであるかを知って、従っていくということです。この力は聖霊の助けによって与えられます。神さまの前にへりくだり、聖霊を意識する歩みが、私たちを霊的に整え、心を新しくするのです。そして考え方、生き方、判断力、意志、感情などのすべてが、この世的なものから、遠ざけられていきます。それがこの世を超越した、神さまの喜ばれる信仰者の姿なのです。
2026年2月22日 週報より