2026年4月26日日曜日

不満から抜け出す

聖書箇所 コリント人への第一の手紙717-24

兄弟たちよ。各自は、その召されたままの状態で、神のみまえにいるべきである。Ⅰコリント724

1.まず受け入れる

パウロは神さまから与えられた現状を受け入れることを勧めています。それは変化を求めてはならないという意味ではなく、神さまのご計画に信頼して歩むことです。人は苦しみや不満から神さまを求めます。しかし求めても自分の願い通りにならないと神さまを疑いやすくなります。いつも神さまが最善を備えておられると信じ、祈りつつ御心に従う歩みをするようにと教えられています。

2.立場の違いによらず

パウロは割礼と無割礼の問題を取り上げ、外面的な立場や違いが信仰の本質ではないことを示しています。大切なのは神さまを愛し、人を愛する歩みです。神さまは、私たちの状態や立場をすべてご存じのうえで救ってくださいました。だからこそ、与えられている環境を受け入れて歩みなさいと教えています。外面的な違いにとらわれるのではなく、神さまの戒めを守ることが信仰の中心です。

3.現状に立って

パウロは奴隷の例を用いて、どのような立場であっても神さまに仕えることができると教えています。奴隷であっても救われた者は、罪から解放された真の自由人です。また自由人として救われた者は、奴隷の立場の信仰者を見下げずに、傲慢にならないようにと忠告されています。現状に不満を持つのではなく、すべては神さまのご計画として受け入れ、今ある環境で主に仕えていくことが大切です。自分中心の思いを十字架につけることで、不満から解放されて、神さまに仕えるしもべの歩みができるようになります。

2026426日 週報より

2026年4月19日日曜日

神の証し人として

聖書箇所:コリント人への第一の手紙78-16

神は、あなたがたを平和に暮させるために、召されたのである。Ⅰコリント715

1「離婚してはならない」の意味

パウロは独身を勧めつつも結婚を否定してはいません。コリント教会には、「結婚は信仰の妨げ」とする極端な考えがあり、そのため離婚を選ぶ人がいました。パウロはその誤解を正し、安易な離婚を避けるよう勧めています。ここで「離婚してはならない」と言われているのは、信仰のためという理由だけで離婚を選ぶ、もしくは選ばなければならないと考えている人たちへの言葉なのです。大切なのはいつも神さまを第一にして信仰の歩みをしていくことです。

2.証し人としての配偶者

信者と未信者の結婚について、パウロは信者のゆえに配偶者や子どもが「きよめられている」と言います。これは救いを得ているということではなくて、神さまの救いの御手が近くにある状態を意味します。信仰者は日常の歩みを通して、家庭で神さまを示す証し人となります。そうであっても救いは神さまのお働きであり、私たちが家族を救おうと無理にがんばる必要はありません。信仰者の存在が、家族を神さまの祝福の近くに置く働きとなっているのです。

3.証し人

家族の救いは信者の信仰のレベルによるものではありません。証し人とは完全な姿を示すことではなく、弱さを認め神に頼る姿を現すことです。そのような自然な信仰の歩みが、家族に神まさの恵みを伝えます。信仰者が神さまとの平和を喜び、その恵みに生きる姿をあらわしていくことが証しとなるのです。

2026419日 週報より

2026年4月12日日曜日

イエスさまの昇天

聖書箇所 使徒行伝18-9

ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう。   使徒行伝18

1.昇天と聖霊の約束

イエスさまは十字架と復活のあと、天の父なる神のみもとへ戻られることを弟子たちに話されました。しかし弟子たちはその意味をよく理解できず、不安に思っていました。マグダラのマリヤも、もう離れたくないと願いました。そんな彼女にイエスさまは永遠に生きて私たちを支えるために天に上られるのだと示されました。そして弟子たちに福音を伝える使命を与え、天に上げられました。

2.聖霊について

イエスさまは天に上られた後、代わりに「助け主」である聖霊を送ると約束されました。聖霊はいつも私たちと共にいて、神さまのことを教え、イエスさまの言葉を思い出させてくださいます。また、罪や正しさ、さばきについて教え、神さまに喜ばれる歩みへ導きます。聖霊は私たちを内側から強め、信仰に立ち、イエスさまを証しする力を与えてくださる大切な助け主です。

3.聖霊の降臨

復活のイエスさまは弟子たちの弱さや失敗をゆるし、彼らを励まし、使命を託されました。弟子たちは祈りつつ聖霊を待ち、五旬節の日に聖霊を受けました。すると彼らは力を得、福音を大胆に伝え始めます。私たちも同じ聖霊をいただいています。そして目には見えなくてもイエスさまは共におられます。弱さを覚える時も聖霊により頼み、共におられるイエスさまを信じて歩んでいきましょう。

2026412日 週報より