ひとつのからだ
聖書箇所 コリント人への第一の手紙12章12-31節
あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である。Ⅰコリント12章27節
1.キリストのからだ
教会は、キリストを信じた一人ひとりが、御霊によって結ばれた 「キリストのからだ」です。そこには必要のない人は一人もおらず、それぞれが大切な部分として置かれています。一つになるために人の力で頑張るのではなく、すでに一つとされている事実を受け入れ、お互いを必要としながら歩むことが大切です。
2.一つのからだにされた理由
私たちが教会という群れに置かれて、一つのキリストのからだにされたのには、理由があります。それは、救われても私たちに残る自己中心の思いが自己尊重の思いに変えられるためです。自己尊重とは、神さまが自分を愛し、必要な者として教会の群れに置いてくださっていることを受け入れて歩むことです。
3.自己中心と自己尊重
自己中心とは「自分がどうしたいか」に従って自分を中心にすることです。しかし自己尊重は、「神さまの必要」によって自分が置かれていると受けとめて、神さまを中心とすることです。キリストにつながって歩むなら、御霊が働きます。自分をキリストのからだの一部分として、また兄弟姉妹を必要な他の部分としても見ることができます。一人の苦しみを皆が共に負い、一人の喜びを皆が共に喜ぶ群れとなれるのです。それは比較や高ぶり、卑下から解放され、お互いを大切にして共に成長する姿です。神さまはそのようなからだ全体をまたその一人ひとりを益々成長させてくださるのです。
2026年8月30日 週報より